自分が好きじゃない。理想の自分になれない。悩みを抱えてしまいがち。理想を叶えたい!と思ったら。
目次
来週のための、週末メンタルケア講座! その20
そんなタイミングなのに憂鬱・・・という人のためのお悩み解決コーナーだよ!
早くなじまないと、とか、失敗しちゃったらどうしよう、とか考えちゃうっていうのはよく聞くね。
こんなお悩みありませんか?
- 日中はネガティブになりやすい。
- 仕事がツラい・・・。人間関係が面倒だ・・・。
- よく眠れていない。もっと寝たい。
- 頭が働かない・・・
理想の自分になれない、と自分を責めていませんか?
人間関係が面倒だ、コミュニケーションが苦手だ、という人は多くいます。
逆に、自信を持って「自分はコミュニケーションが得意!」といえる人のほうが少ないでしょう。
どれだけ苦手意識があっても、人間関係やコミュニケーションというのは最低限必要になってきますね。
心配がひとつ出てくるたび、ほかのことも心配になってしまって、どんどん自分に自信がなくなってしまう・・・ということもあるでしょう。
理想が高すぎる、ということはない
コミュニケーションが得意な自分、ばりばり仕事をしている自分、成績があがって誇らしい自分。。。
理想とする自分、憧れている姿、達成したいことなどはありますか?
誰しも「こうなりたい」「これを克服したい」と思うことはあります。
今の自分と理想像とは、少なからず差があるものですね。
理想が高すぎる、ということはありません。
その差を埋めようとして考える・頑張るということは大切なことで、素晴らしいことです。
理想がある、目標があるということだけでも変わっていくものなので、理想が高い事自体はまったく問題ありません。
合格水準が高すぎるだけ
ただし、悩んでしまいがち、落ち込んでしまいがちな人の特徴として、合格基準が高すぎるということがあげられます。
たとえば、「体を鍛えたい」という目標があったとしましょう。
今全く運動していないのであれば、鍛えたいとプラスに思えたことだけでも、自身の現状に気がつくことができた素晴らしい出来事といえますね。
しかし、今全く運動していない人が「毎日ジムに通う」とか「来月までに10Kgダイエット」という目標を達成できるかといえば、そうではないでしょう。
もしいま全く運動していないから鍛えたいと思った人の合格基準が「毎日ジムに通う」「来月までに10kg」といった目標を設定していたとすれば、それは合格基準が高すぎるということになるでしょう。
全く運動していない人であれば、「週に3回ジムに通う」「運動用具をそろえる」「用品がなくてもできる運動を週3回行う」といったワンステップを踏む必要があります。
理想が高すぎるということは問題ではありませんが、徐々に、段階的にステップを踏んでいくということが必要なのです。
何をもって「達成」とするか?
もしステップを踏めていない人は、理想にたどり着けて初めて自分を許してあげる、という自身に対して厳しい合格基準を設けていることになります。
合格基準が厳しいことも悪いことではないのですが、理想を100%達成できなければだめ、と思い込んでいると、もし今回達成できたとしても次回目標を設定したときも100%達成しなくてはいけなくなります。
達成できない自分はダメ、理想にまだたどり着いていない、自分はだめなんだ、と自分で自分をどんどんと追い込んでしまいます。
ひとつ失敗すると落ち込んでしまう、という人もこの傾向があるでしょう。
さらには、100%を達成することが目標になってしまうため、誰かを傷つけたり、おとしめたりということも知らないうちにしてしまうでしょう。
自分の余裕や回復のためのエネルギーを、ぜんぶ自分で奪ってしまっている、ともいえます。
全く運動で来ていない人であれば、運動用品のない運動が週1回でもできればOKです。
散歩を週1回取り入れた、といった程度でも、ステップを踏めたということになります。
ジムを契約して週3回通う、減量の目標を定めるのは次のステップでもよいでしょう。
理想の100%をいきなり達成する必要はないのです。
理想を叶えている人は誰だって必ず一歩ずつステップを踏んでいます。
40%程度でも進められただけで、前進できているといえるのではないでしょうか。
100%を達成できていなくても大丈夫、1%でも進めていたら自分に合格をあげましょう!
比較しているときりがない
こうして自分の余裕を自分で奪っていったり、理想を高めすぎてしまったりというのは現代病ともいえます。
ネット、とくにSNSなどで、同世代のインフルエンサーや同級生の現状を見て、「自分も頑張らなくては」「もっと上があるのだ」と感じる機会が増えています。
しかし、何を目標にするのかは人それぞれであり、さらに自身の現状といった問題もあるのです。
憧れる相手と自分の現状が同じというわけではない、ということも忘れてはならない点ですね。