本当はライターのほうが先輩!?~マッチとライターの意外なお話~
今日、9月16日は「マッチの日」です!
リス太くんMEMOによると・・・
1948 年のこの日、それまで配給制だったマッチの自由販売が認められたんだ。マッチの国産化に成功したのは明治の実業家である清水誠。金沢藩士の子であった清水は、フランスに留学。宮内次官吉井友実とパリのホテルで話
した際「外貨不足の際これを日本で作れないだろうか」と言われたこをきっかけに、帰国後公務につく傍らマッチの製造に着手。マッチ製造工場を操業する新燧社を設立し、日本のマッチ工業の礎を築いたんだよ。
リス太:今日は『マッチの日』なんだけどK君マッチを使った事ある?
K君:あまりない無いなぁ~
リス太:今はガスコンロ・ライター・チャッカマンなど、何も苦労せず1秒で火がおこせる時代で
当たり前のように使っているけど・・・昔は火をおこすのは非常に大変な作業だったんだ。
石と石をこすりあわせ、火花を飛ばし火種を作っていたんだよ。
K君:慣れない僕らが何もないところから火をおこそうとすると、何時間もかかるほどの重労働だよね。
リス太:道具がなかった時代を経て、マッチが作られ、ライターが作られ、
ついにはガスコンロといった便利な物が作られたと思っているでしょ?
K君:え?違うの?
リス太:マッチは日本の発明でなく1827年イギリスの薬剤師のジョン・ウォーカーという人が
軸木の先に黄燐をつけた摩擦マッチを発明したんだ。
マッチの呼び名の語源はラテン語、
「ロウソクの芯」を意味するラテン語からきているんだって。
それが英語ではMATCHという言葉になったんだ。
日本語では最初は「摺附木」と言ったんだよ。
附け木というのは日本に昔からあって、火種から火を取り出すときに使う、
先端に硫黄を塗ってある木片のことだよ。
それをこすって火をつけるという摩擦の意味を加えて摺附木という名前になったんだ!
1875年(明治8年)金沢藩士清水誠が、マッチの製造を始め、
翌年「新燧社」を設立、本格的にマッチの製造を開始しました。
リス太:日本で初めて登場したライターは1772年のこと。平賀源内が発明したんだ。
マッチの発明が1826年だから、ライターはマッチより50年以上も前からあったんだよ!
K君:マッチよりもまさかライターが先輩だったとは・・・・
リス太:原始的なイメージのマッチがライターよりも後とは信じられないよね。
K君:マッチを擦ると、シュッという小さな音を立てて小さな焔が生まれる・・・
そのふわっとする感じが・・・ちょっぴり切なくて素敵だよね。