自閉症スペクトラム(ASD)ってどんな病気?-⑤

前回の「自閉症スペクトラム(ASD)」の人に起こる二次的な問題はこちら

線引きが難しい「自閉症スペクトラム」と「自閉症スペクトラム障害」

行政用語としての「障害」

日本語の「障害」に当たる言葉は、英語では10個以上あります。

これら10個を、大まかに分類すると、3つに分けられます。

① 生物学的に異常があること
② 機能がうまく働かないこと
③ 生活に支障があること

日本で「障害」という言葉がある意味最も多く使われるのは、福祉の法律や行政の文書です。

その法律に沿って、各種の制度や行政サービスが組み立てられています。

これらの制度や行政サービスの対象となる「障害者」とは、身体障害・知的障害・神障害のいずれかの障害者手帳が交付されている人を指します。

つまり、行政上の「障害」とは、障害者手帳を交付されるための条件を満たしている状態。

身体・知的能力・精神状態のいずれかに異常があり、自立した社会参加が困難で、何らかの支援を必要としている状態を言います。

行政用語としての「障害」は、③の「生活に支障がある」ことを指しているのです。

「生活の支障」は、医学の概念ではなく、社会学の概念になります。

「非障害自閉症スペクトラム」

ここで一人の人物像を描いてみます。

Aさんは大学を卒業し、印刷会社に就職した35歳の男性です。
真面目な性格で、仕事は期日までにきちんとこなします。
人付き合いはあまり得意ではありませんが、誘われれば同僚と飲みに行くこともあります。
29歳の時に大学で同じサークルだった女性と結婚、2人の子どもがいます。
子どもは可愛がっていますが、ちょっとしたイタズラに本気で怒りだしてしまうことがあります。
「食事は家族そろって食べる」がモットーですが、会話がはずむわけではなく、
むしろAさん自身がテレビに夢中になって見入ってしまうことがあります。
学生時代から鉄道マニアで、ある鉄道雑誌を20年間欠かさず購読し、
1冊も捨てることなく大切に保管しています。

Aさんは「自閉症スペクトラム」ですが、障害者手帳を交付されることなく、社会人として自立しています。

このように、「自閉症スペクトラム」だが「障害」ではない、「非障害自閉症スペクトラム」という状態があります。

「自閉症スペクトラム」というのは、医学的類型で、「障害」は制度上の社会学的概念です。

医学的には自閉症スペクトラムだが、社会学的には障害ではない、という人が存在していてもおかしくはないのです。

では、自閉症スペクトラムの人たちの中で、制度上の「障害」とみなすべきかどうかの判断は、どのようにすればよいのでしょうか?

自閉症スペクトラムと自閉症スペクトラム障害との関係

自閉症の特徴があまりにも強いと、生活の支障はきわめて大きくなり、福祉的支援が必要となります。

このような人たちが「自閉症スペクトラム障害」です。

一方、自閉症の特徴は弱いものの、うつや不安障害など自閉症スペクトラムの特徴以外の精神的な問題が併存し、生活に支障が生じている人たちがいます。

このような人たちも「自閉症スペクトラム障害」になります。

要するに、生活に支障があること、が「障害」と呼ぶ線引きになりそうです。

現在の日本の法制度では、「自閉症スペクトラム障害」は、知的障害を伴うか否かによって、「知的障害」か「発達障害」のどちらかに分類されることになります。

しかし、自閉症スペクトラムだが、社会的に自立し、生活上の支障がない「非障害自閉症スペクトラム」は、そもそも「障害」ではないため、「知的障害」にも「発達障害」にも含まれません。

自閉症スペクトラムは、どのくらいいるのか?

かつては自閉症というと、言葉をほとんど話さない、パニックになりやすいといった印象があったかもしれません。

しかし最近では、ある程度コミュニケーションがとれるタイプの自閉症も知られるようになってきました。

上記で解説した、生活に支障がない「非障害自閉症スペクトラム」がその例です。

そこまでを広く「自閉症スペクトラム」と考えた場合、人口の約10%が該当するとみられます。

近年の文科省の調査によると、小学生で発達に気になる様子がみられる子の割合が全体の10%程度と示されています。

自閉症の特徴が強い人たちにとって、早期発見が重要であることは言うまでもありませんが、特徴が弱く、二次的な問題が生じて社会参加を阻まれ、精神科医療を受けることになる人が多くいる可能性もあります。

そのような人たちが、最も深刻な生きづらさを感じるようになります。

自閉症スペクトラムの特徴が弱い人たちのうち、「非障害自閉症スペクトラム」になるか、深刻な二次的問題を併存するか、の予測が難しい現在、早期発見と早期支援によって、少しでも二次的問題の出現を予防することは、倫理的に見ても極めて意義の高いことと言えます。


次回は、「自閉症スペクトラム」の人をいかに支えるか、を詳しく見ていきます。

 

restart_banner