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「無価値な人」を定義することは可能か?

本日は、就労移行支援事業所 リスタートの休日開所日です。

休日特別プログラムとして、「無価値な人」の定義を考えてみます。

「無価値な人」を定義することは可能か?

「自分には価値がない」
「自分は他の人より劣っている」
そんなふうに感じてしまったことはありませんか?

今回の休日課題では、「価値のない人間、あるいは劣っている人間というものは存在するのか」というテーマについて考えました。

「無価値な人」とはどんな人?

例えば、「無価値な人とは、失敗やミスをする人である」と定義したとしましょう。

しかし、誰でも失敗やミスをすることはあります。そうなると、この定義ではすべての人が無価値ということになってしまいます。

では、「他の人と比べて能力が低い人」はどうでしょうか?

どれほど優秀な人であっても、自分より優れた人は存在します。仕事の正確さでは一番でも、スピードでは他の人に及ばないかもしれません。

このように考えていくと、「無価値な人」を定義しようとしても、そこには様々な矛盾が生まれてくるのです。

10種類の定義に反論してみよう!

今回の課題では、次のような10種類の定義を用意しました。

  • 悪いことをする人
  • 失敗したりミスを犯したりする人
  • 51%の確率で失敗したりミスを犯したりする人
  • 他人を傷つける意図を持ち、意地悪で不愉快なことを行う人
  • 怠け者で、自己中心的考えを持ち、非生産的で社会的に価値のない人
  • 誰からも好意をもたれない人
  • 愚かで能力のない人
  • 何の能力もない人
  • 社会から非常に重要とみなされる分野で、トップ100人のうち5位以内に入れない人
  • 自分のことが好きではない人、自分に価値がないと感じる人

一見すると、無価値な人の定義として成立しそうなものもあります。

しかし、それぞれについて反論を考えてみると、すべての人に当てはまってしまったり、逆に誰にも当てはまらなかったり、あるいは物事を極端に白黒で判断していたりと、様々な問題点が見えてきます。

例えば、何かの分野で世界トップ5に入れなければ価値がないとしたら、世界で6番目に優れた人は価値がないのでしょうか?

自分のことを好きになれない時期があれば、その人の価値までなくなってしまうのでしょうか?

少し立ち止まって考えてみると、簡単には答えを出せない問いばかりです。

人の価値を決めることはできるのか

私たちは日常生活の中で、つい他人と自分を比べてしまうことがあります。

仕事がうまくできる人、何でも器用にこなせる人、周囲から好かれている人。そうした人を見て、自分には足りないものばかりだと感じてしまうこともあるかもしれません。

しかし、何かができないことや、失敗してしまうこと、誰かより劣っている部分があることは、その人自身に価値がないということを意味するのでしょうか。

今回の課題は、そんな当たり前のようでいて、意外と深く考える機会の少ないテーマを見つめ直すものです。

「自分には価値がない」と感じたとき、本当にそう言い切れるだけの根拠があるのでしょうか?

皆さんもぜひ、一度考えてみてください。

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