不安から自分を解放してあげる処方箋 ~その62 「誰かのために」を一度捨てる~
もしかしたら、思い込まされているだけ
こんな苦しさ、辛さ、ありませんか?
- 就職しなきゃ。それが当たり前だから。
- 趣味の時間がほしいけど、そんなことをしたら周りから否定される。
- 好きなことがある、でもその道に進んで失敗するのは見えている。
誰もが、こんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。
したいことがある。
だけど、社会的に難しい。
他の人に否定されるのが見えている。
失敗するのは嫌だ。
周囲に求められている自分は、そうじゃない。
こんなふうに、自分の欲求を抑え込むことは、誰しもあります。
それはとても辛いこと。
辛さのほとんどは、そのように自分の欲求を抑えることです。
しかし、自分の欲求を抑え、無視し、「こうしなくては」「他人から疎まれないためには」と考える。
抑えていくうちにどんどん自分の本心が見えなくなっていきます。
そして、生きている目的も、他人のため・他人からの承認のため、と錯覚しだします。
「面倒くさい」のは自分のためじゃないから?
何をするにも面倒くさい、何をするのも億劫。
その状態も、基本的には他人思考で生きているからです。
自分の行動・思考が「今」を生きていません。
他人のために、自分の欲求を抑えこんでいる。
自分のためのことではないのですから、面倒に感じてしまうのも仕方ないことです。
自分の意思は、他人のための行動では動きにくいものです。
自分が「楽しい」と感じるものを優先する
逆に、「楽しい」と感じるものはなんでしょうか。
たとえば、好きなものを食べているとき。
好きな人と一緒にいるとき。
そういうときは、幸せ、楽しさを感じられるでしょう。
それは、「今」を自分が生きているという実感があるからです。
「今、楽しいな」「今、幸せだな」と思えていることがポイントです。
一方で「この人と結婚しなきゃ」「以前は失敗したから」などと未来や過去、他人の思考で生きていたとしましょう。
そうすれば、「今、楽しい」とは感じられず、後悔や不安を抱きながら過ごすことになるでしょう。
「他の人がどう思うか」を考えることは、自分がされて嫌なことをしない、という意味では大切です。
しかし、自分が今をどう幸せに生きるかのためには、他人の考えは必要ありません。
自分の幸せのためには、「今」を「楽しい」と思えることをするのが大切なのです。